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ちょっと本を作っています

ちょっと本を作っています

第五章 森の天使の小さな落し物

第五章 森の天使の小さな落し物




小鳥のヒナを拾った

焚き火の横の土のくぼみで何か、もそもそしている。

ネズミの子供のように見えたのだが、近寄ってみると羽の生えていない、素っ裸の小鳥のヒナだ。

小指の先くらいの大きさくらいしかない。


「おい、お前。何でこんなとこに居るんだよ」

周りは、焚き火が燃え移らないように全部伐採したので、木の枝の巣から落ちてくるなんて無い。

「高石さん。さっき燃やした竹の中に、巣があったんじゃない」

清ちゃんが怖い指摘をした。

そうかもしれない。いや、それしか考えられない。

だとすると……。オレはこの小鳥の兄弟を焼き鳥にしちゃったのか……。


しょうがないので、家に持ち帰った。

目も開いていない。ほんとの素っ裸。

羽根のところに、かろうじて産毛が生えている程度だ。

「エサをやらなきゃ」

と清ちゃんがいうものだから、ゆで卵をつくって、黄身の部分を与えようとした。


食べない……。

「食べさせなきゃ死んじゃうよ」

「この際だから、焼き鳥にして食っちゃったら」

外野の、清ちゃん、幸ちゃんが、あれやこれやとうるさい。

黄身を水で溶かして、ヒナの口をむりやりこじ開けて流し込む。

1滴、2滴。これでいいのかな。

啼く元気さえもないみたいだ。小刻みに震えている。


ティッシュの箱に、タオルとティッシュを引き詰めて、そっと入れる。

まだプルプルと震えている。

今帰って来たばかりのトンちゃんが、「どうせ死んじゃうよ」といいながらも、

「ヒヨコの場合は、コタツのような暖房機に入れるんだよ」と言い出した。


さすが田舎暮しのベテラン、あんたは偉い。

つい最近、片付けたばかりの電気毛布を引っ張り出した。

窒息しないように少し隙間を開けて、電気毛布に包んだティッシュ箱の小鳥の新居が完成した。

そっと枕元へ置いて、眠りについた。



よかった、生きていた

『そうだ、生きてるかな』

やっぱり気になった。

陽が昇るとほぼ同時に目覚めて、枕元の電気毛布を持ち上げた。

もそもそと動いている。

顔をペタッと下につけ、羽根はぐたっと広げたままだ。

ちょっときみの悪い素っ裸のお腹が上下している。


『よし、小鳥のエサだ。ゆで卵を作ろう』。

ときどき、か細い声でピーと鳴くので、ピー助と名付けた。

清ちゃんは「ピー子」と呼んでいる。

オスかメスか分からないんだからどちらでもいいだろう。

このピー助のおかげで、そのあと約3週間。

ゆで卵の、それも白身だけと、前述のタケノコご飯だけの生活が続く羽目になる。


1時間おきにエサを与える。

事件屋の中村さんが、柄にも似合わずインコを可愛がっていたので、教えてもらったのだ。

2時間おきと教えられたのだが、ピー助、ほんの少ししか食べない。

そのくせ1時間もたつと、ピーピーとエサをねだる。夜中まで起こされる始末だ。


幸ちゃんや清ちゃんは、小鳥は昆虫を食っているからと虫を追いかけ始めた。

ハエを捕まえてむりやり口に押し込んだが、すぐに吐き出してしまった。

清ちゃんは、「別荘(ブタ箱)の窓の外に小鳥の巣があった」

「いつも見ていたけど、親鳥が捕ってくる昆虫の量は半端じゃなかったよ」

「もっとエサをやったほうがいいよ」と、卵の黄身にソラマメの茹でたのや、ご飯粒を入れはじめた。


このエサは、ピー助も嫌ではなかったらしい。

竹で作ったピンセットでエサをつまんで口元へ持っていくと、顔よりも大きく、口を開ける。

エサを一口食べると、モソモソとからだを動かす。

お尻をこちらのほうへ向けて、目一杯持ち上げ、ぷちゅっとフンをする。

『そうか、ヒナは巣の外へフンをするんだ。巣穴は清潔にするんだ』

『親鳥がフンを捨てに行くのかな』とひとつ利口になった。

ティッシュでフンをふき取って、また一口エサを与える。



目が離せない

少しづつ、羽根が生えてきた。

目もぱっちりとはいかないが、見えるようになったようだ。

鳴き声もピーピーと元気が良い。

毎朝、少し表が明るくなってくると鳴きはじめる。


もしかしたら親鳥か? 

庭や裏山から小鳥の声が聞こえてくると、負けずにピーピーと騒ぎはじめる。

「もう山に帰したら」

トンちゃんは生き物を飼いたくないらしい。

動物が嫌いというよりは、飼っていて死なれるのが嫌なんだそうだ。

牛や馬、ニワトリなど、以前はいろいろいたらしく、思い出すことがあるのだろう。


「まだ飛べないよ」

そんなことは当然分かっていて言っているのも見え見えだ。

巣立ちが出来るようになっても飼いたいと言い出されないように予防線を張っているのもよく分かる。


飛べはしなくても、ぴょこぴょこと跳ね跳ぶようになってきた。

毎朝、ティッシュ箱のねぐらから飛び出してくる。

枕元までやってきてピーピーと鳴いて起こされる。


「この鳥、何て鳥だろう」

「スズメじゃないよね」

「ハトじゃないの」

「カラスってことは、あるわけないか」

「ウグイスじゃないの」

都会育ちの約3名、知っている鳥の名前を順番に挙げる。

でも、どう見てもピー助、違う風体をしている。


羽根が生え揃ってくると、今まで見たことがない鳥のようだ。

胸は緑がかった黄色い羽毛で覆われている。

羽根は茶色がかった黒だが、白い縁取りがくっきりと浮かび上がってきた。

スズメよりは少し大きくなりそうだ。


「そうだオレ、『野鳥を呼ぶ庭造り』って本を作ったことがあるんだ」

「その中に、野鳥の種類を見分ける表が出てた」

「多分クルマの中に1冊あると思うよ」

案の定、クルマのトランクから見つかった。

野鳥の見分け方を見たのだが、自分で作った本なのに、分かりづらい。

もう少し著者と内容を煮詰めておいたほうが良かった。

まあ今はそんなことはどうでもいい。


ああでもない、こうでもない、

「この鳥じゃないの」

「いや、こっちだよ」

とさんざんもめた挙句、全員一致で多分これだ、となった。

『アオジ』というそうだ。『漂鳥』と書いてある。


「漂鳥ってなに」との質問には、鼻をピクつかせて教えてあげた。

「季節によって山から里へと下りてくるような鳥だよ」

実は、この本のほかのページに、そのことが書いてあるのだ。

「へーさすが、出版でメシを食っているだけあって博学だなあ。よく知ってるね」

この本は、隠しておこう。ネタは知られないほうがいい。



我がまま、ピー助

ピー助との生活も1ヶ月近くなった。

家の中で1番威張っているのはピー助かもしれない。

エサが欲しくなると、与えるまで鳴き続ける。


ピーピーとエサをねだる声が聞こえ始めると、トンちゃんや幸ちゃんが、「エサだよ」と催促に来る。

ピー助のメッセンジャーボーイみたいなものだ。

1メーターくらいは飛べるようになった。

網戸につかまって、けっこう高いところまで登って行って、ピーピー鳴いている。

台所の網戸のところが、特にお気に入りらしく、床をぴょんぴょん飛び跳ねて、網戸を這い登る。

外から聞こえてくる小鳥の鳴き声が気になるのだろう。

もしかしたら親鳥かもしれない。


エサ係りは私と清ちゃん。

たまに出かける私と違って、いつも家にいる清ちゃんに良くなついている。

清ちゃんがテレビをみていると、テーブルの上を飛び歩く。

遊び疲れると、清ちゃんの手のひらで一休みしたりしている。


寝るのは私の部屋なので、目覚まし時計替わりになる。

ピーピー鳴くだけでなく、頭を突いて起こされる。

羽根を羽ばたかせることが多くなった。部屋中を飛び跳ねている。

もうすぐ巣立ちなんだろう。やっぱり淋しい。



突然の出来事

『死んでる』

『何で……』

『あんなに元気だったのに』

予想もしない別れがやってきた。

「あと1週間もすれば、飛んで行っちゃうんじゃないかな」

「寂しくなるよね」

昨日、清ちゃんとそんな話をしていたのに……。


久しぶりに東京へ出かけた。

ここんとこしばらく、ピー助が気になるものだから、いろいろと理由をくっつけて遠出をしなかった。

前から頼まれていた勉強会の講師だけは、すっぽかす訳にもいかなくて、出かけていったのだ。

勉強会が終わって、参加者のうちの数人と赤提灯へ入り、

「小鳥のヒナを拾ったんだけど、こいつが可愛くてさぁ」

と、ひとしきり小鳥ののろけ話を酒の肴にして夜半過ぎの帰宅となった。


テーブルの上にメモが置いてある。

『昼間、ピー助がテーブルから落ちて、頭を打ったみたいで、よろよろしてまともに歩けません』

『エサも食べなくて心配です 清』

急いで自分の部屋に戻って、ティッシュ箱を覗き込んだ。


固くなって動かない。あんなに元気だったのに……。

そっと羽根をなでてみた。

死んでからだいぶ時間もたったのだろう、いつも暖かだったピー助のからだが、無機質に横たわっている。


翌朝。

「だから飼わなきゃよかったんだ」とのトンちゃんの声を無視し、

さらには、「焼き鳥にするか」という幸ちゃんの無神経な冗談を無視して、

清ちゃんと2人で朝飯を食った。

お互い、無言のまま。清ちゃんは責任を感じているらしく、しょんぼりしている。

「清ちゃん、しょうがないよ」

とはいうものの、テーブルの上の玉子焼きを見て、ピー助のために黄身を残す必要がなくなったと辛くなる。


「お墓を作ろう」と、清ちゃんがつぶやいた。

でも何とはなしに、2人ともすぐには動き出せない。

午後になってようやく、「オレ、作ってくる、お墓」と、清ちゃんが立ち上がった。


裏山の、ピー助を始めて見つけた焚き火場所の傍らに穴を掘った。

清ちゃんがお線香を持ってきて、手を合わせている。

どこかでピー助の鳴き声によく似た小鳥の甲高い鳴き声が聞こえてくる。

ピー助の親が、怒っているように聞こえた。



第六章 小悪魔『チビクロ』参上につづく


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